旅の空色 棚田をめぐる旅  

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本文中で、棚田名をクリックすると、写真が現れます


 6月20日、火曜日、晴れ

 今朝は7時に山形県河北町の実家を出発して、天童市から国道48号線で、宮城県仙台市に向かう。朝のラッシュアワーに当たってしまったが、仙台市内を通 って、4号線、349号線を南下する。今日の目的地は、宮城県丸森町の棚田。これで東北地方の棚田は全部終わり。

 丸森町役場に寄って道を聞く。「沼尻」という地名が地図で見つからなかったからだ。俺の持っていた資料に出ていた「沼尻」というのは間違いで、「沢尻」だということがわかった。どうりで見つからないわけだ。正しくは、沢尻棚田

 阿武隈川に沿って国道349号を西に8キロほど進む。阿武隈渓谷は、なかなか美しい風景だった。雲南省の北を流れている金沙江(長江の上流)と雰囲気が似ているところがあって、思わず写 真に撮った。丸森の町から、ふたつ目のトンネルの手前に、右に登っていく道がある。入り口には「沢尻棚田 1.2km」という看板も立っていた。

 棚田の前にも、看板が立っていて、車2台分ほどの駐車スペースもあった。

 東北には珍しく、石積の棚田だった。これは昭和30年に圃場整理したときに、ここを耕作している農家の人が自力で石を積んだのだそうだ。この石は、田んぼから出てきた石。田んぼの形は、このとき直したもの。それ以前は、もっと細かな田んぼだったらしい。

 看板のところから入る林道を300mほど登っていくと、この棚田を見下ろせる場所があった。そこから写 真を撮る。 

 百選に選ばれてから、ここを訪ねてくる人が多くなったと役場では言っていた。東京からも写 真を撮りに来る人がいるらしい。東北で石積みの棚田が珍しいということもあるのだろう。

 棚田は西日本に圧倒的に多い。東北は少ない。石積ならなおさらだ。こうして東北の棚田を回ってみたが、意外にも、いい(写 真的な)棚田は少なかった。どうして棚田が西日本に多く、東北には少ないかというと、稲作は、中国からにしろ、朝鮮半島からにしろ、最初は日本の西側に伝えられて、東に伝播していったという歴史的な理由がある。そして、棚田は山なので、東北地方のような寒い地方では、山の田はますます寒くて、コメが作れなかったという理由。今は品種改良されて寒冷地でも作れるが、昔々はそうではなかった。稲は、もともと熱帯・亜熱帯の植物だった。

★★★★★★★★

 福島市に出て、飯坂インターから東北自動車道に乗り、西那須野塩原インターで降りる。栃木県に到着。栃木県には2ヶ所ある。今日は疲れたので明日訪ねる。馬頭町の馬頭温泉卿の南平台温泉観音湯で汗を流す。久しぶりに、道の駅に泊まる。道の駅ばとう。

 さすがに、山形にいたときは、実家に泊まっていた。うちから300m離れたところにも道の駅があったが、「知った人に見られたら、あそこの息子なにしったなや?て言われるがら、道の駅になんか泊まらないでくれ」と親は頼むので、実家に泊まっていた。すぐ人に干渉するのが田舎の特徴だ。それが好きな人と嫌いな人がいる。俺はもちろん嫌いな人。濃い人間関係は苦手だ。こういうやつは、農村には合わない。それでも農村の写 真を撮るのは、そうありたいと思う俺のあこがれ? いやいや、そんなことではないな。逆に当事者ではないから、写 真が撮れるということもある。


 6月21日、水曜日、曇り時々晴れ間

 今日は、栃木県茂木町の石畑棚田と、隣町の烏山町の国見棚田

 国道294号から県道27号線に入る。朝の湿気を含んだ空気と、靄を通 して見えるオレンジ色の太陽と、周りの木々の緑の濃さが、雲南省西双版納を思わせる。ブーゲンビリアとハイビスカスが見当たらないだけ。どうも、最近、何を見ても、すぐに雲南と比較してしまう。「雲南ではこうだった、ああだった」と。雲南が物を見るものさしになっているというのも、自慢できることかどうかわからないが。そろそろまた中国へ行きたくなってきた証拠かな。

 石畑の集落の近くに川に面した棚田があって、なかなか美しかった。ここだろうと思って、写 真を撮った。ちょうど、軽トラでおじさんがやってきて、田んぼに肥料をまき始めた。「写 真を撮らせてください」というと、「いいよ、別に減るもんじゃないし」という。礼を言って撮り始めると、おじさんは「百選に選ばれた田んぼの方が写 真を撮るにはいいんじゃないのか」という。「ええっ? ここは百選に選ばれた棚田ではないんですか?」と聞く。すると「百選のは、ここずっといって、左に入る道があるから、それを行くとあるよ」と教えてくれた。今までの経験と、景観的には百選に選ばれても充分にいけるし、絶対ここだと思って疑わなかったので、ちょっとショック。これだけ百選を見てきたのに、「百選に目が肥える」ということはないようだ。「百選じゃなくても、ここはきれいですよね」と俺がいうと「そうかね」と軽くいって仕事を続けた。

 おじさんに教えられたとおり行ったら、棚田があった。今度は規模も大きく、一つ一つの田んぼも大きかったが、稲の緑と曲線が美しい。ちょうど家の前におじさんがいて、確かめた。そこが百選の田んぼ、石畑の棚田だった。

 おじさんの話。もう、元の沢に戻ってしまうと思っていたのに、百選に選ばれて、みんな村の人たちはびっくりしている。どうしてこんなところが? と。今の時代、機械代がかかることとコメの安さで、コメ作りは合わない。勤めと両方だから、手作業は疲れるし。棚田を作っていくのは大変な労力だ。

 国の政策として、第一次産業から第三次産業に移行しようとしている大きな流れの中で、農業をやっていくのは難しい。若い人たちが離れるのは当然だ。シイタケも、輸入品に押されて、追い詰められている。消費者は安ければいいと思っているだろうが、輸入された、肉の薄い、香りのない輸入ものは、私らは食べる気がしないね。

 食糧危機が来たとき、外国の援助は期待できない。食料についても、日本は危機管理はできていない。

 山菜や、きのこ採りに来た人たちが、ゴミを捨てていって、汚されて困る。特にペットボトルが多い。物は平気で捨てる。リサイクル考えてくれないと。烏山には産廃問題がある。(あとで看板を見つけた。「大木須産廃建設阻止 絶対反対 木須川の水を守る会」とあった) 

 環境団体は、「自然を守れ、環境を守れ」と口先だけは奇麗事を言う。でもあれを聞くと、いいかげんなことを言うなと思ってしまう。自分たちだって毎日ゴミを出しているじゃないか。だから、いざ、そのゴミから何か毒物が出たとき、移住できるような、保証を示してくれればいいが。

 学校でも環境についての授業をやっている。このあたりでは、コメ作りの体験授業もやっている。それがきっかけになって、子どもたちの何人かが環境について本気で考えてくれるようになればいい。

 最近は農薬が少なくなったから、ドジョウやカニはいるが、昔は、コイやウナギも田んぼに上がってきていた。棚田もどうなっちゃうかと思うと、私は寂しくなるよ。

 おじさんの話を聞いていると、コメの減反を進めながら、一方では棚田を作れという矛盾した国の政策が浮かび上がってくる。だから、その矛盾を隠すように、棚田は国土保全の役目や、生態系の維持といった環境問題に、俺たちの目を向けさせているのではないかと疑ってしまうほどだ。根本的なところで、何かがへんだ。極端に言えば、「コメはいらないが、棚田は必要」ということだろうか。ということは、農家の人に「コメは作らなくていいから、国土保全と環境維持のために、棚田のお守をしていてくれ」ということになるのだろうか。いろんなところで、農家の人たちのコメ作りに対する意気込みを聞かされた。みんな「ここのコメはうまい」と自慢していた。できればコメを作りたいといっていた。そんなコメ作りのエキスパートに棚田のお守をしろといわれても、なかなか頭の切り替えはできないだろう。時間をかければ、そうなっていくものだろうか。俺にはわからん。

★★★★★★★★

 次に行った烏山町の国見棚田は、石畑棚田から2kmくらいしか離れていなかった。村の方に入っていくと、右下に棚田が見えた。道に看板も立っている。

 しかしその看板には、「注意事項 1 棚田は観光地ではありません。地元住民に不快感を与えないようご配慮願います。 2  農作業及び地元住民の生活環境に支障がないよう、次のマナーをお守りください。道路に車両を駐車しない。 農作業中は、長時間のカメラ撮影及び滞在をさけること。人物を撮るときは、撮ってよいか本人に確認すること。カン・ゴミ類はお持ち帰りください。」とあった。

 内容から、明らかに来られて迷惑だということが伝わってくる。ここを訪ねる人は多いようだ。都会から近い棚田、コンパクトにまとまった棚田。そして撮影ポイントがある。それが理由。田んぼは、細長く、階段状に下に続いている。農作業中の人はいなかった。

 烏山町役場にいって、看板のことを聞いた。すると、やっぱり村の人たちは迷惑だとはっきりいっているらしい。車を道に駐車して、混雑する。望遠レンズで構えられると、おばあさんはおしっこもできなくなる。かといって、家に帰るもの大変で、とうとう膀胱炎になってしまったとう例。看板に「農作業中は、長時間のカメラ撮影及び滞在をさけること。」とあった理由がそれでわかった。あとは、あるカメラマンから「補助金もらってるんだから、写 真を撮られても文句言うなよ」と言われたそうだ。そう言われた農家の人は激怒した。補助金など、いっさいもらっていないからだ。百選なんか返上するとまで言っているという。

 初めてこんな具体的な話を聞いてしまったが、たぶん、ここだけではないのだろう。迷惑がっているなと感じたところも何ヶ所かあった。最初のころは、わからずに、俺も農道に車を止めてしまって怒られたこともある。同じ写 真を撮る人間として、この話しは強烈だ。耳が痛い。町では地元民から苦情があったので、この看板を立てることにしたのだという。百選に認定して、棚田を作っている人たちにエールを送ろうという主旨の百選だったはずなのに、それどころではなく、仕事にも支障が出るとなれば、逆効果 だ。かといって、写真を撮るなと全面的に観光客を締め出してしまうこともできないだろうし。ここは「国見のみかん」といって、みかんの有名な産地だそうだ。ちなみに、ここのみかんが日本最北端らしい。みかんの時期には観光客がたくさん来る。村の人は、観光客が来なくなってしまうのも困るだろうし、この問題は難しい。いや、問題は、写 真を撮る人間のマナーなのだろうが。

★★★★★★★★

 国道123号で水戸に出て、国道6号を南下する。いよいよゴールが見えてきた。道を走っていても、人口密度が高くなったことが感じられる。今夜は、土浦市の大学時代の友人宅に泊まる。ふたりの子どもも大きくなっていた。長女は来年小学生。俺の姪と同じか。彼は子ども自慢をする。俺の棚田撮影旅行自慢には、まったく興味を示してくれない。でも、元から彼はそうだったが、「まっとうな」仕事をやっていない俺も、いつかは改心して、彼と同じように「まっとうな」人生を歩むはずだとかたくなに信じているようにも見える。ただ、彼と親友でありつづけるのは、お世辞を言わず、同情をしないからだ。ずけずけと、俺のことを批判する。ほとんどその批判は当たっていないが、変に物分りがいいよりも、自信を持って批判をする彼は面 白いと思う。彼の批判は、世間一般の批判の代弁だ。

 残すのは、千葉県鴨川市の棚田一ヶ所。どんな棚田なのか。


 6月22日、木曜日、晴れのち曇り

 さて、今日は最後の棚田。千葉県鴨川市大山千枚田

 朝7時半に土浦市の友人宅を出て、成田市、茂原市、勝浦市などを経由して鴨川市へ。

 鴨川市総合交流ターミナル・みんなみの里を訪ねた。ロビーでは千枚田の写真展が開かれていた。ここの「千枚田オーナー制度」は今年度から始まった。来年のオーナーは、秋に募集つもりだという。

 ポスターが貼ってあった。「大山千枚田 天水米 天より頂いた雨水をなにより大切に圃水し、棚田の土手が崩れないように懸命に保全してきた悠久なる先人の汗と労働の魂を受け継ぎながら、今年も棚田の美味しいお米ができました。」

 全国配送するそうだ。2キロ1200円、5キロ3000円、10キロ6000円。注文は、大山千枚田保存会まで。電話0470-99-8033。ファクス0470-99-8044。この長狭米は、明治天皇大嘗祭献上米だった。そして数年前、全国米百選に選ばれた。棚田は天水のみで作っている。だから「天水米」という名前をつけたという。

 棚田は、県道34号線を西に進む。国道410号線の交差点を過ぎて、4、5キロほど走ると、看板が立っていて、左に入ると、すぐに棚田地帯になる。緑色が美しい。分岐点から800mほどいくと、左側に駐車スペースがあって、「大山千枚田」の看板が立っている。棚田の面 積は、3.1ha、375枚あり、12戸の農家で作っている。観光客もひっきりなしにやってくる。写 真を撮るのが目的ではない、普通の観光客だ。

 夫婦連れがいて「写真ですか?」と声をかけられた。ここが百選最後の棚田だということを誰かに言いたくて仕方なかったので「全国の棚田百選を回ってきて、ここが最後の棚田なんです」というと、あまりよくわからないようだった。それで「百選は134ヶ所もあって、その最後の1ヶ所なんです」と言ったら、ようやく驚いてくれた。いや、呆れていたのかな。

 彼らは千葉県出身者だが、有名になるまで大山千枚田のことは知らなかったという。最近、テレビでもやっている。田植えのときは、300人ほど集まったという。それだけの駐車場がないので、みんな道の海側に駐車する。来年、棚田の上の方にある竹やぶを整地して、駐車場や休憩所なども作るらしいといっていた。看板、棚田、車を入れて、俺の記念写真を撮ってもらった。

 ここには簡易トイレと、飲み物の自動販売機があった。これだけの施設?があるのは、輪島市の白米棚田、紀和町丸山千枚田など、今のところ数ヶ所だけだ。ちゃんとした観光地である。

 それにしても、ここは今まで見慣れてきた棚田と雰囲気がちょっと違う。棚田に、「都会的な棚田」とか、「田舎風の棚田」とかあるはずないのに、妙に洗練されている感じがする。畦はきれいに草が刈られている。荒れたところが見当たらない。まるで公園のようだ。「東京からもっとも近い棚田」というキャッチフレーズのせいでそう感じるのだろうか。あるいは、女性と同じで、見られることでより美しくなるという法則は、棚田にも当てはまるのかな。まんざら、冗談でもないかも。

 県道34号に戻り、鋸南町まで出て、富山町の岩婦温泉に入り、道の駅きょなんに泊まる。明日東京に戻ろう。


 

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