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田毎の月 & 田毎の星

日本の棚田

 
   
 
   
 
   
 

「田毎の月」というのはいい言葉ですね。(「田毎の星」は勝手に名づけた言葉ですが、月以外の星が映った場合です)

日本人の自然に対する思いが凝縮されている言葉ではないでしょうか。

「田毎の月」は、すべての田んぼの水に月が映る光景で、松尾芭蕉や小林一茶など俳人たちは優れた句に詠んでいます。また安藤広重は『六十余州名所図会』の「信濃  更科田毎月鐘台山」(嘉永六年八月)や『本朝名所』の「信州更科田毎之月」などに、段々になった複数の田んぼに月を描いています。

しかしどんなに田んぼの数が多くても、実際には月はひとつしか映りません。それなのにすべての田んぼに月が映るように思ってしまうことを、「非科学的だ」と言い切ってしまうのもなんだか味気ない気がします。

その瞬間は確かに月はひとつですが、あたりを歩いてみましょう。すると、月は次々に田んぼを移動していきます。結果的にすべての田んぼに月が映ることになります。

それともうひとつ。時間が経てば月が次々に田んぼを移動していきます。

それが「田毎の月」の心象風景ではないでしょうか。すべての田んぼに月が映るという心象風景には自然を愛でる日本人の姿がだぶって見えてきます。田畑や山や川や空や月と身近に生活していた人々の姿も風景の中に含まれているようです。

現代人には、夜の田んぼを歩いたり、長時間月を眺めて過ごすなどということがなくなってしまいました。

時間も空間も区切りがちな現代人が忘れてしまった自然の愛で方がここにあります。月のドラマの全体(時間も空間も)を表現した「田毎の月」という言葉には、人間すら自然の一部になって生きていた日本人の、自然に対する愛着が感じられます。

「田毎の月を味わう」でいいのではないでしょうか。田んぼの水に月が映ったところに惹かれるなどというのは、ユニークで面白いと思います。しかも複数の田んぼだから棚田のことだろうし、農家の人たちの苦労を思えば、なおさら月も特別美しく見えたのだろうと思います。

こちらにも「田毎の月」についての記事があります。

「田毎の月」という日本人の心象風景(ブログ 2013/05/22)

 

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