イラン・カスピ海沿岸地域の棚田
 

 

 田んぼの畦道を歩くと次々にカエルが水に飛び込む。ミズスマシやオタマジャクシが泳いでいる。女の人たちが数人並んで田植えをしている。いったいここはどこなんだろう?と一瞬思う。

 イランの首都テヘランからカスピ海地方に抜けるアルボルズ山脈(イラン最高峰ダマーヴァンド山は標高5671メートル)越えの道は数本あるが、いずれも山を越えたとたん風景が一変する。日本人がイメージする「イラン」の乾燥した沙漠地帯とはまったく違った世界だ。

 テヘランから車で約2時間、峠を越え、山に緑が多くなってくると、空気が湿気を帯びて、どこか日本の風景と似てくる。日本だったら、こんなところに棚田があるんだけどなぁと思ったとき、本当に棚田が現れた。棚田を探すために来たので、棚田がなくては困るのだが、その現れ方さえも、日本とそっくりで驚いてしまった。

 畦の段差は30cm〜80cmほどだろうか。それほど大規模な棚田は見当たらなかったが、谷が広がるにつれ、水田も増え、その代わり傾斜は緩やかになる。やがてカスピ海沿いの平野に至ると、一面の水田地帯。東・東南アジア的風景だ。年平均気温は15〜17℃、年降水量は約1000mm(山間部は約2000mm)に達する地中海性気候で温暖な地域である。 

 このようにカスピ海沿岸地方の第一印象は、日本人の「イラン」のイメージを覆す衝撃的なものだったが(私が知らないだけだったのだが)、その後10日間ほどカスピ海沿岸地方であるギーラーン州、マーザンダラーン州をまわって、棚田はそれほど珍しいものではないことがわかった。ただ傾斜の急な棚田や、景観的に美しい棚田は、それなりに探す必要がある。石積みの棚田は今回一ヶ所も見ることはなく、すべて土坡の棚田だった。(コンクリートになっているところはあった) また、棚田の海抜は150mから800mくらいまである。(カスピ海の海抜はマイナス28m)

 棚田のことは「ダシュテ・タッバーゲィー」というと通じた。「ダシュトゥ」は「田」、「タッバーゲィー」とは「階段状の」という意味だ。マーザンダラーン州では、「パルージ」とも呼んでいた。ただこれは方言のようなものらしい。普通の「平地の水田」と区別した「棚田」という意味なのかどうかはわからない。

 用水は、山から流れる小川の水を、用水路を作って引き入れ、田毎に落とす方式だ。コメは1年に1回作る。5、6月に田植え、8、9月に稲刈り。冬には雪も降る。今年の冬は、30数年ぶりの大雪があり、大きな被害を受けたことを知って、新潟や山形の棚田を思い出した。

 あるタクシーのドライバーは8年間日本に出稼ぎに来て、日本各地も旅行したが、緑の多いギーラーン州の山並みを見て、「山形と似ているよね」と言った。私が山形出身とは教えていなかったので、まったく彼の印象なのだが、イラン人もこの風景が日本と似ていると思っているようだ。イランでは、まだ「おしん」が再放送されているという。山形を舞台にした「おしん」がイラン人に受け入れられる理由は、風土が似ていることだけではなく、農地改革が行われるまでは、小作人として働かざるをえなかった農民はたいへん貧しく、おしんの境遇に親近感を持つからかもしれない。

  イランでは、コメ(インディカ種)は主食といってもいいくらいで、とくに、ギーラーン州では、ひとりあたりのコメ年間消費量は81kg(都市部)・96kg(農村部)。イラン国内平均は42kg(都市部)・36kg(農村部)(1991年)。 ちなみに日本は59.5kg(2003年度)だから、日本人よりもコメを食べている。これも意外な事実だった。

  ご飯の一般的な食べ方は、「チェロウ」という湯取り法で調理したパサパサしたご飯で、一部はサフランで黄色く色づけされている。(ちなみに「コメ」は「ベランジュ」と呼ぶ) 副食品は、焼肉のカバブ、魚のフライ、鶏の煮込みなど。ご飯「チェロウ」にはバターが付いてくる。バターと焼いたトマトをつぶしてご飯と混ぜ、おかずといっしょに食べる。その際「ソマーグ」というシソのような酸っぱい味のふりかけをかける。この地方の伝統料理として、いちじくの葉にコメを入れ藁で縛って蒸したご飯や、コメの粉・ミルク・砂糖を煮たもの(日本の甘酒のような感じ)を、断食節に食べるそうだ。

 ただ、最近はイランでも食生活の欧米化に伴ってコメ離れが進んでいる。特に若い人たちは、ハンバーガー、サンドイッチなどのファーストフードを好み、「コメは太るから」という理由で、コメを食べない若い人たちが増えている。昔の日本人のようなことを言う。

 「アメリカ人は嫌いだ」と公言するイラン人は多い。「コメを食べなくなったのは、アメリカ化した食文化のせいだ」と言う人もいた。それでも、テレビでは、ハリウッド映画が放映され、「マック」も「ケンタッキー」もないが、イラン風のファーストフード店では若者(老人さえも)がサンドイッチを食べている。頭では反発しながらも、体が受け入れてしまう。それだけ欧米の文化の浸透力は強い。それを受け入れてしまう自分が腹立たしい。「アメリカは嫌いだ」とは言っているが、かといってイスラムの伝統に縛られるのも嫌だというイラン人若者のいらだちが表れているように感じた。

写真家 青柳健二

 
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